--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

※センチメンタル注意 モブキャラに愛をこめて

2009年11月08日 04:31

早く寝すぎて変な時間に目が覚めたので、モゼーラについて書いてみました。
っていうかモブキャラ愛についてなのですが。
モゼさん本人についてはまた今度かも。

つづきより、モゼーラ「遺すための仕事」ネタバレありです。
※とても…センチメンタルです…。
モゼーラの「遺すための仕事」というイベントが好きなのです。

「何かを伝えたくて、遺したくて、これらの本を記した人た
ち。今はもういない人たち。
その思いは、放っておけば、あっさりと破れ、かすれ、な
くなり、忘れ去られてしまうんでしょう。
それはとても悲しいことのような気がします。」


という一連の台詞あたり。私のなかのセンチメンタルのツボが押されてしゃーない!w

写本なのですよね、あの時代の本は。
原本の写本の写本、というように著者の手書きではない可能性が高いとはいえ、手書きっていうのに惹かれてます。
現代の本は全部活字ですから、著者の筆跡を見られる機会というのはほとんどないですしね。

変な嗜好かもしれないんですが、私他人の字を見るのが好きで、丁寧だったり、乱雑だったり、まるみがあったりと、人柄やそのときの気持ちが現れていたりして。事務書面はまあ別として、日常や気持ちを綴ったものが好きです。手紙ほど特定の誰かに向けられたものでなく、誰にも見せない前提である日記ともちょっと違うようなもの。どういったものかというと例をあげるのが難しいんですが。
見られる機会が少ないからそのたび貴重だと思います。

なので、原本手書きの本だと、筆致から書いた人の息遣いなんかが読み取れるような気がしてとても楽しそうです。

タナッセはどういう字を書くんでしょうか。綺麗な字なのは間違いないでしょうが、どんな綺麗さなのか。ていうか筆跡から色々足がつかないのですか、写本だから大丈夫なのか、ディレマトイ!w 
ティントアの字についても触れられてたか、便箋にびっしりだとか。
サニャはたどたどしいけれど丁寧に心をこめて書きそうです。
ヴァイルの字が綺麗というのは私的にかなりの萌えポイントだったりします。
ヴァイルの字、見たいよーう。
ヴァイル友情AorBで、「ヴァイルの手紙」なキットを捏造したい。

なんか話がずれましたが、歴史書に名を残した人や、それでなくても何かを遺したい、誰かに思いを伝えたいと思った人が本を書く。
モゼーラはそれを写す仕事をしている。

「ほうっておけば忘れ去られてしまうのは悲しいことのような気がする」と彼女は言って、私もそう思うのですが、まず本を遺せた人というのは割と幸運な人だと思うんですよね。
ほとんどの人は本遺せないし。かわりに子孫を残すだとか、なにがしかの手段でまた自分が存在したということを遺して行くのでしょうけれども。

そして、本を残せたのは割と幸運だと思いますが、遺せても遺せなくてもあんまり変わらないんではないかとも思う。よほどのすごい本で読み継がれてく内容でない限り。

今の時代で流行っている本でも、たいていの本は100年も立てば忘れ去られて、読み継がれるものは極僅かだと思います。
というか出版社や作家にもよりますが、絶版になるのじたいびっくりするほど早いですよね。amazonとかあるからまだ救われてますが。
そういうものは国会図書館に行けば読めるかもしれないけれど、忘れ去られた名もなき著者の名もなき本が掘り起こされる可能性というのは、なにか目的がある人以外にはとても低いと思います。

文豪の字は原稿なんかを資料館で見ることができますが、私の場合興味を惹かれるのはそういう作家や偉人の字ではなく、本を書けなかった人の字、遺すことをしなかった、できなかった人の字、もっというと声なんですよね。

で、かもかてで言うと、この前記事書いたときあたりから、ずっとテエロに殺された衛士のことが気になっていて。フィクションでの人死にで、気になるものと気にならないものの差はなんだろうと思っていたのですが。

彼、名もなきモブキャラで。市井の人ですよね。王城勤めとはいえ。普通の人。
……という側面で自己投影してた面が大きいのかな。と。

「遺さなかった人」の象徴として映ったのかもしれません。

彼はどういう家に生まれたのか。グレオニーと故郷が近いということは、貴族の出ではなかったんでしょうか。
どういう経緯で衛士になったのか。同僚とはうまくやっていたのか。
試合でヴァイルに当たると知ったときはどう思ったのか。
事件のあと、故郷に帰ったあとどう過ごしたのか。
と、いう声を聴きたかったと思った。

偉人伝よりも、後世に残っている歴史や本よりもごく普通の人の書く手記に興味を惹かれる自分のたちがおそらく影響してるんですけれども、そういう人間のほうが圧倒的に、この世には多いはずで。
拾われる機会もなく消えて行ってなくなってしまう誰かの声や、人生、聞けるものなら聞いてみたいと思うんですよね。

その人の存在が消えて忘れ去られていくことじたいは、本があろうと子供がいようとそうであることが圧倒的に多いし、そうであってもいいと思っています。自分も含め。

書かれていないことはほとんどの場合歴史にはなりえないですし、書き残されたものだけが、どんなフィルターを通したものであっても歴史になります。そしてその多くが勝者の歴史、強者の歴史です。
敗者の歴史を掘り起こす試みも、様々な手がかりからたどることもできるかもしれませんが、たいてい文字で残っていないので遡るには限界がありますし。

だけど、普通ならばほぼだれにも顧みられない人生が、スポットライトに照らされることのない人生が、それでもたしかに苦しみ悩み生き、幸せも感じることもあっただろう人生が。

それがはじまり、終わりに近づき振り返るときがくる。だけど興味本位で触れてはいけない内面であっても、何気ない日常の言葉であっても、多くの場合はそれを他人が目にすることはない。
なんともったいないのだろうか、と。思うのでした。

ということで、「テエロに殺された衛士の話」を妄想してるんですが、モブキャラへの愛をこめて。

情報が少なすぎるのであります。キットにするにも立ち絵がないのであります。そしてグレオニー憎悪リプレイしてあの感じを思い出したいのだが、面倒なのであります……。
なので適当に発散してしまった。w 彼本人ではなく、グレオニーメインの話で補完できたらいいのかなとも思います。


コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)

    トラックバック

    この記事のトラックバックURL
    http://kisugi1983.blog84.fc2.com/tb.php/79-9397bb50
    この記事へのトラックバック


    最新記事


    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。